その昔は何となくテレビを見ていると「今晩何時◯◯が放送!見てね!」というスポットが放送されて「見てみようかな?」とか、その出演者が何かの番組にゲストで出ていて、最後に「今夜の◯◯に出ています!是非ご覧下さい」と言われると同じように思ったりしたものだった。
これは"気付き"みたいなものを引き起こすもので、一番効果のある形は「あるのは知っていたよ。そうか今夜だったか。それは見なきゃな」というところで、人と言うのは意外と最初にインフォメーションをもらった時は「見なきゃ、見たい」と思っても、それだけを指折り数えて待ってくれている人は少ないのでこの〈当日告知〉というのはとても大切なことになっていた。
で、ちょっと昔まではこの告知方法は、その番組を放送するテレビ局か新聞広告くらいしかなかったのでプロデューサーや宣伝プロデューサーにとっての〈朝から放送時間までの番組ジャック〉というのはとても大きな意味、効果を持っていてそれをどうやるかがとても大切だった訳です。
しかしこの告知の本質は〈気付き〉だということで、その内容はこの当日に限って言えば内容云々の役割は薄くなる。だからいかに沢山その人の生活の流れの中で〈気付く〉ポイントを増やすことだと言うことになる。
そうした時に昨今ではSNSの役割が日に日に大きくなっている。「気になっていたテレビ」のアレ!は今日!アレはもう数時間後!アレはもうすぐ!アレが始まった!アレは「今」面白い!なんて風にリアルタイムで知らせる。
そう考えるとテレビ番組にとって、そのアカウントをどのくらい持っているかがとても大切だとなる。
番組のプロデューサー、公式の局のアカウント、番組のアカウント、などなどで力の入れ方は今様々だが、あくまでこの〈当日の気付き〉ということに関してはもっと真剣にSNSの活用の仕方を考えた方がいいかも知れないなあ、と思ったりするのです。
例えばNHKのPRのアカウントは在京各局の公式アカウントの中でおそらくダントツのフォロワー数を持っているのではないか?となるとその〈当日の気付き〉を伝える大きな力を持っていると言える。

ところが詳細に考えてみるとさらに面白いことに気が付く。
NHK_PRは番組宣伝に積極的ではないのである。このアカウントの中の人は「そんなことない」と否定するだろうが、逆にそれがこのアカウントが沢山のフォロワー数を獲得した理由になっているのだ。
真っ当に「番組の当日の告知"だけ"をやっている在京キー局のアカウント」は全くフォロワー数が伸びていない。
NHK_PRは東日本大震災の時前後に〈中の人〉個人が感じられる動きがあってフォロワー数を伸ばし、しかしある時から〈原則番組情報〉としたようだが、それでもTwitterのフォロワー数を獲得する〈面白み〉という個性がある。他局のそれは簡単に言えば〈面白み〉に対する努力を完全に忘れているかのように思える。
これは実はテレビ局の公式アカウントだけではなく、すべてのTwitterアカウントに通じて言えることで
告知だけを連呼する個人のアカウントは、タイムラインの中でうざったく思えてきて、自動的に目で飛ばす(いちいちフォローを外すのは面倒だから)ことになっているのではないかと思うのだ。少なくとも私はそうだ。
そう考えるとテレビ局だけではなく、個人という発信者がTwitterで昔はポロッとこぼれ出る日常のツブヤキだったもので、そしてそれが本来の魅力だったのが、その個人が発信できる少ない場ということで〈告知〉だけが連呼される場になりつつあるというのがTwitterの現状かもしれない。
つまりテレビで言うと「CMがやたら多いテレビ番組」な感じにしだいにそれぞれのタイムラインがなりつつある傾向があるのではないか?(これはCMがテレビ番組より面白くないということではなく、その逆であることはしばしば見受けられて、でもCMは「もう何度も見た」ということになり勝ちでテレビ番組は「初めて見る」ということだから、という意味です)
個人が本編とCMの両方を出すことができるのがtwitterアカウントであるからなのであろう。
ちなみに面白いのは日本で一番フォロワー数が多い有吉弘行のツブヤキはあれだけ番組に出ていてもほとんど自分の出演している番組の告知に使われることがない。
twitterの将来、ということでいうと現れている現象はそれぞれの国で違うと思うのだが、この考え方は多少有効かも知れないと思ったりする。
例えばこれは今後ウェブの世界で増えてくるであろうスポンサーコンテンツにも同じことが言える。
どんなにその商品がカッコよく映っているものを作っても、または商品の名前が一秒に何回も連呼されるということがあっても、そのコンテンツが〈面白いかどうか〉が一つの極にあって、それとスポンサードするというのはそのもの自体ではなく、もう一つの別の極であるくらいの発想でなければ、ネットコンテンツの世界が世界中を巻き込む大きな波にはならないのではないかとさえ思うのだ。
SNSに元々人が魅了されたことをいかに失わずに、そのユーザーの変化も捉えながら新しいビジネスモデルを日々更新することがそれぞれのプラットフォームについて必要なことなタイミングになっている。
もちろん「誰をフォローするか?」から始まり、そのフォローしている人を変えればすむ話、RTの設定を変えればすむ話、と言われるかも知れないがおそらく時々耳にする「UI」って言う奴はこの事のユーザーにどう対応するかのプラットフォーム側ですることだと思うから。
TwitterがFacebookがLINEが、テレビに代わるプラットフォームになるためには、この個人が発信する〈本編〉と〈告知〉の分量をどうコントロールするかということが出て来ているように思うのだ。その手本はテレビ60年の歴史を研究することは有効だろう。ましてや、そのプラットフォームはそこ自体が営業する〈告知〉でビジネスモデルが成り立つ方向もあるのであるから。
なんてことを最初はこの話からLIFE VIDEOのビジネスモデル(告知とは関係ない全編本編なだけに、その差別化は全く考え方が違う)につなげて書こうとしたが、Twitterだけで力尽きた。